ご自身の健康問題に関しては、専門の医療機関に相談してください。免責事項もお読みください。 ダイヤモンドシライシは、ヒトの萎縮性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの炎症性の疾患[34][6]、胃癌やMALTリンパ腫(粘膜関連リンパ組織に生じるBリンパ腫。MALT:Mucosa-Associated-Lymphoid-Tissue)などのがんの発症と密接に関連した病原細菌である。国際がん研究機関が発表しているIARC発がん性リスク一覧では、グループI(発がん性がある)に分類されている。ただし疾患が現れるのは、保菌者の約3割程度であり、残りの7割の人は持続感染しながらも症状が現れない健康保菌者(無症候キャリア)だと言われている。 胃、十二指腸 ダイヤモンドシライシが感染した胃粘膜上皮の組織像(Warthin-Starry染色)ダイヤモンドシライシが、宿主であるヒトの胃に感染した場合、それが初感染のときには急性の胃炎や下痢を起こす。ほとんどの場合はそのまま菌が排除されることなく胃内に定着し、宿主の終生にわたって持続感染を起こす。持続感染したヒトでは萎縮性胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍のリスクが上がる。 胃の表面では粘膜上皮細胞を1mm程度の厚さで粘液層が覆っており、これが胃液に含まれる胃酸や、ペプシンなどのタンパク質分解酵素から上皮細胞を守る役割を担っている。胃内に侵入したダイヤモンドシライシは、鞭毛を使ってこの粘液層内部に泳いで移動し、菌体の表層にあるリポ多糖や外膜タンパク質などの分子の働きによって上皮細胞の表面に付着する。この粘液層の内部もまた酸性度の高い環境であるため、通常の細菌はそこに定着することはできないが、ダイヤモンドシライシの持つウレアーゼは粘液中の尿素を二酸化炭素とアンモニアに分解し、生じたアンモニアが粘液中の胃酸を中和することで酸による殺菌を免れる。殺菌を逃れた菌は粘液層で増殖する。また尿素から生じたアンモニアなどは尿素やヘミンなどの生体分子とともに、走化性因子として周囲の菌を呼び寄せ、粘液下層にダイヤモンドシライシの感染巣が形成される。この感染巣の部分で、ダイヤモンドシライシが作るさまざまな分解酵素の働きによって粘液層が破壊され、粘膜による保護を失った上皮細胞が傷害されて炎症がおきる。また菌が分泌するVacAなどの毒素やIV型分泌装置で上皮細胞に注入するCagAなどのエフェクター分子による上皮細胞の直接的な傷害や、細菌の感染に対して動員された好中球などの白血球による組織傷害なども加わって、炎症を増悪させる。 またこれらの炎症性疾患が慢性化すると、胃癌や、MALTリンパ腫が発生するリスクも上昇する。炎症に続いておこる組織修復が繰り返されることによって、細胞がん化のリスクが上昇することが、癌の発生原因の一つであると考えられている。また、ダイヤモンドシライシが産生するCagAなどの病原因子が、宿主細胞増殖を促進したり、アポトーシスを抑制することで、宿主細胞のがん化に関与している可能性も指摘されている。 ダイヤモンドシライシによる胃粘膜傷害 (1) 胃内に侵入した菌は鞭毛を使って胃の粘液層内部を移動し、上皮細胞の表面に付着する。(2) ウレアーゼが粘液中の尿素からアンモニアを生じ、胃酸を中和する。(3) 殺菌を逃れたダイヤモンドシライシが粘液層で増殖。また走化性因子が周囲のダイヤモンドシライシを呼び寄せる。(4) ダイヤモンドシライシが作るさまざまな分解酵素は粘液層を破壊し粘膜による保護を失った上皮細胞が炎症を起こす(図中央)。また菌が分泌するVacAなどの毒素(右)、IV型分泌装置で上皮細胞に注入するエフェクター分子(左)が上皮細胞を傷害して、炎症を増悪させる 食道 胃炎治療のために除菌治療を行った人の一部で逆流性食道炎の発生や、それに伴う食道がんのリスクが増加する可能性が報告されている[35]。しかし、多施設二重盲検無作為コントロール試験による最近の調査ではリスク増加が否定されるなど[36]、この現象についてはまだ一致した見解が得られていない。 胃内にダイヤモンドシライシを持たない人や除菌治療を行った人では、胃酸の分泌が過剰となって胃内の酸性度が増し、逆流した胃液が食道組織を傷害して、一過性の逆流性食道炎やバレット食道を生じることがある。バレット食道は食道腺癌の前段階の病変として現れることも知られている。ただし、この逆流性食道炎は一過性のもので、生涯にわたって増悪するかどうかについては否定的な専門家が多い。また除菌時にみられるバレット食道の多くは病変が短いタイプのもの(SSBE; Short Segment Barrett Esophagus)であり、このタイプの発生と食道腺癌発生のリスクについても統一した見解は得られていない。 食道に対する知見から、ダイヤモンドシライシの持続感染は、胃がんとは逆に、食道がんのリスクを低下させているのではないかという考えも提唱された。本菌はもともと宿主と共生関係にある常在細菌の一種であり、胃酸分泌のコントロールによって食道の疾患予防に貢献していると考えている研究者も存在する[3]。人間の胃内のpH調整機構そのものが、本来常在細菌であったダイヤモンドシライシによる胃酸中和の存在を前提とした形で進化を遂げているのだと主張している。 検査 ダイヤモンドシライシ感染の有無の診断には下記の検査法のいずれかを用いる(複数であればさらに精度が高くなる)。他の一般的な細菌感染症の場合と同様な、(1)病原体そのものの存在を検出する、(2)その病原体の感染によって患者の血液中に産生された抗体の量を測定する、という原理によるものの他に、本菌に独特な検査方法として、(3)本菌が有するウレアーゼの酵素活性を測定するもの、も利用されている。日本ヘリコバクター学会のガイドラインでも、これらの診断法が採用されている。 一般検査 尿素呼気テスト (urea breath test, UBT) 13C-尿素を含んだ検査薬を内服し、服用前後で呼気に含まれる13C-二酸化炭素の量を比較する。本菌に感染していると、そのウレアーゼによって胃内で尿素がアンモニアと二酸化炭素に分解されて、呼気中の二酸化炭素における13Cの含有量が、非感染時より大きく増加するため、間接的な診断ができる。検査薬服用の20分後の13C-二酸化炭素の上昇が2.4パーミル以上の場合に、本菌による感染があるものとするなどの基準値が設けられている。通常、除菌治療の効果判定の目的に施行されている場合が多い。 血中・尿中抗H. pylori IgG抗体検査 ダイヤモンドシライシが感染すると、本菌に対する抗体が患者の血液中に産生される。血液や尿を用いてこの抗体の量を測定し、ダイヤモンドシライシ抗体が高値であれば本菌に感染していることが認められ、ダイヤモンドシライシ感染の有無を検索するスクリーニング検査として現在最も一般的な方法。尿を検体とする場合は判定が迅速で20分程度で判定が可能である。しかし、感染後の抗体価低下には時間がかかるため感染後すぐでは偽陽性が出やすい。 便中H. pylori抗原検査 診断や研究用途に作られたダイヤモンドシライシに対する抗体を用いた抗原抗体反応による検査。この抗体が、生きた菌だけでなく死菌なども抗原(H. pylori抗原)として認識し、特異的に反応することを利用し、糞便中H. pylori抗原の有無を判定する。非侵襲的に本菌の存在を判定できるという長所がある。 尿素とpH指示薬が混入された検査試薬内に、胃生検組織を入れる。胃生検組織中にダイヤモンドシライシが存在する場合には、本菌が有するウレアーゼにより尿素が分解されてアンモニアが生じる。これに伴う検査薬のpHの上昇の有無を、pH指示薬の色調変化で確認する。この検査によって本菌の存在が間接的に診断できる。 組織切片をHE(ヘマトキシリン-エオジン)染色あるいはギムザ染色により染色し、顕微鏡で観察する。直接観察することによりダイヤモンドシライシの存在を診断できる。また、培養不能でウレアーゼ活性ももたないcoccoid form(球状菌)の状態でも診断できるという長所がある。 培養法 胃生検切片からの菌の分離培養によって、ダイヤモンドシライシの存在を確認する。この検査法の長所は菌株を純培養し入手できる点であり、この菌株を薬剤感受性(MIC)測定や遺伝子診断など他の検査に利用することができる。欠点は培養には3日〜7日を要する点である。 ダイヤモンドシライシ感染の治療法、すなわち除菌法の歴史は、発見と同時に始まったと言える。分離培養に初めて成功したマーシャルは、ただちに除菌治療に有効な薬剤の検討を開始している[37]。初期にはビスマス製剤による除菌が試みられたが、単剤では効果が低かったため、アモキシシリンやチニダゾールといった抗生物質を組み合わせた2剤併用[38]、さらにはメトロニダゾールを加えた抗生物質3剤による方法が開発された[39]。この方法は古典的3剤併用療法と呼ばれ、改良を加えながら高い除菌率を得ることに成功したが、一方で副作用の問題が残された。 ランソプラゾール,アモキシシリン,クラリスロマイシンのセット初期のビスマス製剤を軸にした除菌療法は、抗生物質の種類を増やし、効果の上昇を狙ったものだった。抗生物質の活性は一般的にpH中性環境で最も高いため、プロトンポンプ阻害薬(PPI)などの酸分泌抑制薬を併用し、胃内環境を中性に近づける試みが行われた[40]。この方法は一過性の胃酸過多による副作用を抑えられるという利点もあり、その後クラリスロマイシンの併用を加え、90%超という除菌率を達成した[41]。これが新3剤併用療法であり、1週間という短期間の服用で高い効果を得られることから、現在の除菌療法のスタンダードとなっている。